講義を受け初めて、ちょうど1ヶ月。
第一の実感は、正直に言えば、「案外、疲れる」「仕事をしている方が、楽」ということです。
仕事の方が拘束時間もずっと長く、いろんな問題が日々おしよせるわけですから、忙しさと言う点でも、また日々の切迫感も、ずっとハードです。でも、それでも、その方が疲れないと感じます。
「そういえば・・・」と、履修ガイダンスで、ある先生が、こんなことをおっしゃっていたのを思い出しました。
「くれぐれも無理のないペースでやってください。こんなことを言うと、みなさん、年寄り扱いするな!とお思いかもしれませんが、毎年、5月くらいになると、疲れを訴える方が本当に多いんですよ。」
ということは、疲れを感じるのは、私だけでもないのかな。
じゃあ、「それは、なぜ?」と考えてみました。あくまでも私の場合は・・・ということですが。
①仕事は、自分で意思決定し、自分で行動を組み立てることが出来る。
50以上まで仕事をしていれば、それなりの裁量権もあるでしょう。それに比べて学校は、90分間、すわって講義を聞く、あるいは討議をするなど、決められた枠の繰り返しです。
個人的な性格やタイプにもよるとは思いますが、それは、意識はしていなくても、意外としんどいことなのかもしれません。(慣れの問題?)
②仕事では、成果目標が明確。
個々のタスクに目的と課題があり、仕事はいわば、その実現のための活動です。少し長いスパンでの目標もあります。だからこそ、ドラマがあります。変化があります。
でも、学ぶと言うことには、(専門知識の習得や資格取得などの場合を除いて)明確な目的性がありません。しいていえば、目的を探すことが目的、と言ってもいいかもしれません。50歳を越えてそれをすることは、思いのほか、しんどいことだなあ・・と痛感します。
③仕事での人間関係は、相手が見えやすい。
問題解決力のある人、土壇場でも信頼できる人、支えてくれる協力者。逆に、カッコばかりで実力のない人、いつも逃げる人、障壁となる人。。。などなど、仕事上でかかわる人には、いろいろな人がいます。そして、仕事をこなし、よりよい成果を成し遂げる上では、それぞれを冷静に見極める必要があります。だから、人間がよく見えます。
でも、学校の人間関係は、いわば友達ベースです。20代ならそれも楽しいですが、年をとると、それぞれが固まった自分なりの何かをもってしまっています。その上で接点をもつことは、距離感の取り方が難しく、案外しんどいことなのかもしれません。
私は仕事がメインの人生を送ってきたので、仕事との対比になりましたが、主婦をやってきた人や、しばらく悠々自適をしてきた人など、状況によって違うかもしれませんし、「疲れなどない。楽しくて仕方ない」という人もいると思います。
以上、ちょっと疲れを感じる今日この頃の自己分析をしましたが、これらをネガティブにとらえているわけではなく、学校では楽しいことも、ためになることもあります。いい友人も出来ました。また、即ハードワークの日々に戻りたいというわけでもありません。
ただ、このしんどさの本質には、人生の転換期において考えるべき何かがあると感じ、それをこれからにどう生かしていけるだろうか・・・と、思索を続ける今日この頃です。
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